インターネットや語学学校のおかげで、世界のどこでもフランス語を教えられる・学べる時代ですが、「パリで」フランス語を教えると、パリやその他のフランスの都市でしか出会えない受講生たちとの出会いがあります。
「パリでフランス語を教えるということ」とは、「特定の国籍や言語話者にフランス語を教えること」ではないです。それは、パリ市内で63の国籍(2020/2021年度まで)の受講生にフランス語を教えてきたことからも「特定の国籍・言語」に教えていないのは明白だと思います。
「特定の国籍や言語話者に教える」の例として、日本語話者にフランス語を教え続けている講師を挙げることができると思います。この講師は、日本語話者特有の間違いや学習方法/文化、言語分析の仕方などを理解してされていて、「日本語話者にフランス語を教えるプロ」と言っても過言ではないでしょう。
FLE (Français Langue Étrangère)の資格を取り、フランスでフランス語を教えると、色んな国籍の受講生と出会います(2016年 - 2020年に出会った受講生の国籍は、こちらから)。教育機関によっては、国籍の違いだけでなく、様々なプロフィールにも出会います。
- 年齢(18歳〜83歳まで)
- 就学歴の有無(就学歴無し〜大学院卒業)
- 基本的な言語運用能力(聴解・読解・筆記などのレベルの違い)
- 学習目的・到達目標の違い(読み書き〜大学入学)
- 話す言語
- 仕事の有無
- 宗教や文化、政治思想の違い
- 国や大陸によっては、民族の違い
- フランス滞在許可証保持の有無
など
今回お話ししたいのは、最後の項目「フランス滞在許可証保持の有無」に該当する受講生のお話しです。授業登録の際「住所・電話番号・生年月日・写真・パスポートや保険証の身分証明書」だけを求められ、滞在許可証(Titre de séjour)を求めない教育機関も存在します。
フランスの滞在許可証を持っていない人のことを、Les sans-papiersと呼ばれることがあります。他にも Les personnes en situation irrégulièreなどとも言えます。「どうして滞在許可証がないの?どうやってきたの?」と思われる方もいらっしゃると思います。もっと状況や理由は複雑ですが、以下にいくつか受講生たちの滞在理由を挙げます。
- ヨーロッパでの生活を夢見て海や陸を越えてくる人
- 自国での生活が厳しくてどうにかして欧州で仕事を見つけて、仕送りしないと生きていけない、そんな家族の希望を背負ってやってきた人
- 自分の自由と命が保障されないため、欧州にやってきて難民申請をするが、全ての申請が却下されてしまい「滞在許可が無い」と見做されてしまった人
など
今回の記事は、「滞在許可証保持の有無」の是非ではなく、とても悲しいことに「滞在許可証を持っていない受講生」に教えるということについて焦点を当てたいと思っています。そのため、「滞在許可証を持っていない受講生がいるにもかかわらず、それを政府機関に言わないのは良くない。どうして言わない?」というようなご意見やご感想にお答えすることは控えたいと思いますので、どうぞご理解をお願いいたします。
先ほども述べたように、登録時に滞在許可証の提示を求めない教育機関が存在します。
私は、目の前に座っている受講生が「滞在許可証を持っているかどうか」なんて全く考えずに、一人の学習者・人間として一緒に学習空間と時間を共有しています。
しかし、学期が始まり少し時間が経って色々と打ち明けてくれたり、どのようにしてフランスにやってきたかとルートを説明してくれたりすると、滞在許可証保持の有無も分かります。
薄々気がついていても、目の前にいる受講生が打ち明けてこない限り、私は彼らに滞在許可証の話はしません。信頼関係も築いて、打ち明けてきて初めて私は、以下の質問をします。
- AME (Aide médicale de l’État) (滞在許可証のない人たちのための保険証)の有無
- 手続きや彼らの権利を説明してくれるNGO等のアソシエーションを知っているか。
道を歩いていて、公共交通機関を利用して、仕事をしていて、警察のコントロールを怖がりながら日々過ごしている生徒さんも沢山います。勿論、書類を一緒に作成したり、私ができる範囲でお手伝いすることもあります。私にとって、やはり一人一人とても大切な受講生なので、私にも不安や心配があります。一番の不安は、「彼らが警察のコントロールにあって逮捕されたらどうしよう」と思ってしまうことです。
つい先日、その不安が現実になってしまった出来事がありました。
ある平日の午後、ふと携帯電話を見ると Sさん からの着信と留守番電話メッセージの通知が届いていました。「今日お休みするのかな?」と思って留守番電話を聞いてみると、今まで聞いたことのない、恐怖を感じた元気の無いか細い Sさん の声でした。
「Ami、今さっき警察に捕まって、ワゴン車の中に乗っている。どこに行くかわからない。」
友達も同僚も、兄弟もパリ近郊にいる Sさん が逮捕されて一番最初に電話してきたのが、講師の私でした。彼の怖がっているか細い声と内容を聞いて、私もとても衝撃を受け、一瞬時が止まったような気がしました。急いで Sさん に電話をかけ直すも出てくれませんでした。私が電話をかけていると理解した彼は、少し嬉しそうな声でボイスメッセージで私にお返事をくれるだけでした。
「Ami、電話くれたね。ありがとう。警察のワゴン車から降りてすぐにここにきたから、パリ市内のどこにいるのかもわからない。僕のカバンは取られたし、調書を取られてサインした。」
と彼の、あれだけ希望を失った声を聞いたのは初めてで、衝撃で家の天井を眺めるしかできない自分と「このまま悲しんでいても進まない。なんとかしないと。」と早く行動に移さないといけないと思う、両極端の位置にいる二人の自分が存在していました。
Sさん と同じ寮に住む同じフランス語圏出身の Yさん と Dさん(彼らも私の受講生)に電話し、状況を説明しました。彼らは、 Sさん のお兄さんとお姉さんの電話番号を持っていたので、連絡をお願いしました。
私は、Service publicに載っている情報(調書を取られている時、警察にいる際の権利等)とLa Cimadeの電話番号を調べて Sさん に伝えました。彼は読み書きがまだ十分にできるわけではないので、NGO法人の La Cimade に私の電話番号を伝え、私が必要事項をメモして Sさん に再度電話で伝えました。
数時間後 Sさん は無事に釈放され、安心した少し元気を取り戻した声で電話をくれました。しかしながら、警察署で期限付きの強制出国の書類を受け取っていました。
彼のように滞在許可証が無く、それでも私たちと同じように仕事をして、他の人が「辛い」と思う仕事もやっている方がたくさんいるのは事実です。そんな彼らにとって、フランス語の授業が「仕事・つらさ・現実」を忘れられる大切な時間だということも改めて理解できました。
フランスだけでなく、他の国でもこのようなプロフィールを持つ受講生に言語を教えるという状況があると思います。これまで通り、私は彼らを一人の(私と同じ)人間として一緒に時間を共有し続けます。滞在許可証保持の有無を知ることは、たまに見せる彼らの不安定な精神状態を理解・サポートするには大切かもしれないですが、先入観を持たず・ジャッジしない講師として活動し続けます / し続けたいと思います。
私にとって、パリでフランス語を教えるということは、嬉しいことも悲しいことも、相手にとって不条理だと思うこと様々なことを、色んな国・色んな文化を持つ受講生と共有することです。勿論、共有する内容も、教育機関や所属する受講生のプロフィールによって異なります。講師は、フランス語学習だけでなく、それに付随するあらゆる話題や事柄(過去のこと、生活に関することなど)を共有することが多いのです。
Merci beaucoup pour votre lecture !
À la prochaine :D
Professeure Ami
